福島 原子力発電所事故による汚染まとめ

こんな状態になっても原子力発電を続けますか? 地震、原発事故、TPP等 情報追いかけ 

阪神大震災17年:両親の思い出詰まったランドセルに励まされ--26歳、兵庫・姫路の会社員
 
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原発 どう子供達に教えてきたのか?
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pt2上杉隆氏 福島原発の「工程表」を徹底検証
pt3上杉隆氏 福島原発の「工程表」を徹底検証
pt4上杉隆氏 福島原発の「工程表」を徹底検証
pt5上杉隆氏 福島原発の「工程表」を徹底検証
pt6上杉隆氏 福島原発の「工程表」を徹底検証
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pt2 【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
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pt4 【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
pt5 【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
pt6 【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
ラスト 【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
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阪神大震災17年:両親の思い出詰まったランドセルに励まされ--26歳、兵庫・姫路の会社員 



17年前のあの日、阪神大震災は多くの子どもたちから親を奪った。親戚宅を転々とし、祖父母に預けられた小学3年の男児は、亡き両親が買ってくれたランドセルを支えに自らを励まし、会社員としての新たな一歩を踏み出した。目標を胸に今を生きる。大震災による悲劇が再び起きて初めて迎えた1・17。東北から祈りをささげる被災者の姿もあった。

 阪神大震災で両親を失った会社員、西山由樹さん(26)は17日午前5時46分、兵庫県姫路市別所町佐土のアパートで、ボロボロになった黒いランドセルを手に取った。両親が買ってくれた唯一の形見だ。つらいときにはランドセルを見つめて自分を奮い立たせてきた。震災から17年。オートバイ部品会社に勤め、1人で暮らす。「おやじ、おふくろ、俺は頑張って生きてるで」

 震災で神戸市兵庫区の2階建ての自宅は全壊。2階で寝ていた小学3年の西山さんと1年の弟は助かったが、1階にいた父健一さん(当時39歳)と母真理子さん(同31歳)が下敷きになった。がれきの山で見つけることができたのは、自分のランドセルだけだった。

 弟と親戚宅を転々とした。誰にも甘えられず、家族のだんらんが始まると飛び出し、公園で夜を過ごした。「何で僕らを残して死んだんや」。声を押し殺して泣いた。

 半年後、祖父母に引き取られた。大工をしていた祖父は震災で全壊した家を再建したが、生活は苦しかった。中学3年の時、「私立高校に行く金は出せん」と言われ、勉強への意欲を失った。ほとんど登校せず、オートバイを乗り回した。進学した定時制高校も続かなかった。

 空虚な日々が転換したきっかけは、ふと思い出したあのランドセルだった。押し入れから引っ張り出すと、小学6年の時、授業で亡き両親に書いた手紙が出てきた。

 <お父さん お母さんへ 元気でくらしてるか? 今年でオイラは、中学に入るんだよ。9年間どうもありがとうございました。じしんの日から3年たったけど父さん空から見てるだろ>

 両親が「勉強はするんやで」と諭してくれているように思え、やり直そうと決意した。

 21歳になった07年春、定時制の県立神戸工業高(神戸市兵庫区)に入学。日中は給食配送の運転手などで生活費を稼いだ。「学費を出せん」と言った祖父の生活再建の大変さが分かった。休まず通学し、東京の大学に進んだ弟の仕送りも続けた。09年1月には全校生徒の前で体験を発表、大きな拍手を受けた。昨春卒業し、同県加古川市のオートバイ部品会社に就職した。

 新たな門出に胸を膨らませていたところで、東日本大震災が起きた。保護者が死亡・行方不明になった遺児は、推計で2000人を超えるとされる。17年前の自分がいる。光景がフラッシュバックした。体調を崩して通院した。遺児仲間から被災地へボランティアに行こうと誘われたが、断った。まず、自分がしっかり生きていかなければと思ったからだ。

 勤務は1週間ごとの昼夜2交代。正直、つらい。しかし、ランドセルを見つめると、両親が「生きろ、生きろ」と言っているように感じる。「いつの日か、社会に大きな根を張って生きる自分の姿を東日本大震災の遺児たちにも伝えたい」と誓った。【桜井由紀治】

毎日新聞 2012年1月17日 東京夕刊

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120117dde041040005000c.html

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