福島 原子力発電所事故による汚染まとめ

こんな状態になっても原子力発電を続けますか? 地震、原発事故、TPP等 情報追いかけ 

文字起こし 永遠のチェルノブイリ
 
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原発 どう子供達に教えてきたのか?
終わらない悪夢1-7放射性廃棄物はどこへ
終わらない悪夢2-7放射性廃棄物はどこへ
終わらない悪夢3-7放射性廃棄物はどこへ
終わらない悪夢4-7放射性廃棄物はどこへ
終わらない悪夢5-7放射性廃棄物はどこへ
終わらない悪夢6-7放射性廃棄物はどこへ
続 放射性廃棄物はどこへ?
終わらない悪夢7-7放射性廃棄物はどこへ
05.後編1/4・土崩瓦解 核廃棄物:原発の悪夢 アレバ社の正体?
08.後編4/4・土崩瓦解 核廃棄物:原発の悪夢
06.後編2/4・土崩瓦解 核廃棄物:原発の悪夢
07.後編3/4・土崩瓦解 核廃棄物:原発の悪夢
邪知暴虐 4号炉は永遠に 3/3
邪知暴虐 4号炉は永遠に 2/3
邪知暴虐 4号炉は永遠に 1/3
原子力発電所定期点検
福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか最終報告:まとめ
福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか‬(詳細解説)
原発安全神話の崩壊
20111216 [1/2]たね蒔き「海からみた原発の危険(1)いま何が起きているのか」
20111216 [2/2]たね蒔き「海からみた原発の危険(1)いま何が起きているのか」
Inside report of Fukushima Plant Worker - Press Conference(English translator)
pt1上杉隆氏 福島原発の「工程表」を徹底検証
pt2上杉隆氏 福島原発の「工程表」を徹底検証
pt3上杉隆氏 福島原発の「工程表」を徹底検証
pt4上杉隆氏 福島原発の「工程表」を徹底検証
pt5上杉隆氏 福島原発の「工程表」を徹底検証
pt6上杉隆氏 福島原発の「工程表」を徹底検証
ラスト上杉隆氏 福島原発の「工程表」を徹底検証
pt1 【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
pt2 【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
pt3 【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
pt4 【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
pt5 【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
pt6 【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
ラスト 【上杉隆氏】原発設計者 上原春男氏共同インタビュー
小出裕章:総括原価方式 / 核兵器開発能力保有
総括原価方式 必要以上の見積もり
被曝する労働者達:下請け・日雇いが支える原発の実態
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文字起こし 永遠のチェルノブイリ 



BS世界のドキュメンタリー 「永遠のチェルノブイリ」 
2011年05月09放送分



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20111209101407.jpg













1986年チェルノブイリ原発4号炉が爆発 ヨーロッパの広範囲が放射能に汚染された。

それから25年、世代は変わろうとしている。

あなたは誰?

思い出せない。ゾーンの中で自動車事故にあって救助された。
分かっているのは、シュトレロックというやつを見つけるということだけ。
だからミュータントや放射能を恐れずにゾーンを進んで行く。
そして願いを叶えるために石館に入る。

そう、どんな願い事?

全ての人が幸せになるということさ。

石川一洋解説委員:チェルノブイリ事故から今年で25年が経ちました。
生まれていなかった人がすでに大人になり社会に出ています。
このドキュメンタリー、そうした事故後の若者たちの姿描いています。
いかなる大事件であろうと25年という歳月は風化が進むのに十分な時間です。 
ウクライナではコンピューターゲームになり、一見過去の事件のようになっています。
しかしチェルノブイリ事故は終わっていません。
このドキュメンタリーでは、甲状腺の障害を持った20代の女性、ロック歌手、石館のチーフエンジニア、
石館の中を撮影した技術者などが自らのチェルノブイリを語ります。

東日本大震災による東京電力 福島第一原発の事故とチェルノブイリの事故は単純には比較できません。
しかし、この作品に描かれている事は、私達が今後直面するであろうことを示唆しています。


以下に続く・・・
ウラルト・ルサコフ:チェルノブイリは燃えてしまった。
あれから25年いつになったっら僕らが本当に知りたい情報をもらえるようになるのか、子供達は
事故が起きたことさえ知らない。 あの事故をどう説明すればいいのか・・・

今、僕らが知っていることは政府の発表が全てだ、新しい情報などない。
あれから25年。何が変わったのか、そしてその変化を気に留める人がいるのだろうか。

ユリア・アユボア:私は21歳 いわゆるチェルノブイリチルドレンです。甲状腺の機能に障害が
あって健康上の不安を抱えています。 母はもういません。11年前にガンで亡くなりました。
チェルノブイリ事故との因果関係はわかりません。
でも、ウクライナではたくさんの人がガンで死んでいるので、関連があるではと思っています。

キリル・マカ・ロフ:僕は23歳チェルノブイリ事故の翌年の生まれです。
今はウクライナの原子力発電所で働いています。
ウクライナのにある発電所の設備は、どこも老朽化が進んでいて、中には20年近く使われていない物もあります。 原子力発電所の状態は決してよくありません。
このままだと、第二のチェルノブイリ事故が起きても不思議ではありません。

ユリア・アユボア:私も仲間も、あの事故のことを忘れていません。
でも周りの人は、もう殆ど関心を持っていないようです。
でも事故のことは誰でも覚えています。ただ25年も経った今では皆、日々の生活に追われ
事故へ関心は薄れてしまっています。

1986年の出来事を今の自分と結びつけて考えル若者は、あまりいない。
情報は、ほとんど公開されず当時の出来事を証言できる人も少なくなった。しかしチェルノブイリの
物語は決して終わったわけではない。

ウラルト・ルサコフ:4号炉を封じ込めたコンクリートの塊をすっぽり覆う新しい石の棺、石館を作ると
いう話してす。 あの大きな煙突は取り壊すそうです。
完全に覆うのに煙突が邪魔だからです。でも煙突を取り壊すのは頂上の頭を切断ようなものです。
チェルノブイリ原発には事故でなくなった人の慰霊碑がありますが、そんなの僕達にとってあまり
意味がありません。 あの煙突こそが市民にとってチェルノブイリの象徴なんです。

それを取り壊してまで新しい石館を作るなんて計画に賛成する人は誰もいません。そんな事をして
何の意味があるのでしょうか? みんな疑問に感じています。


悲惨な事故の記憶は厚い鋼鉄で出来た新しい棺の中に今再び封じ込められようとしている。
チェルノブイリ原発の4号炉は多くの若者達にとってもはや現実の物ではなくなった。
それはバーチャルなコンピューターゲームでで体験するものになっている。

ユリア・アユボア:ゲームはとてもリアルなので、まるで本当にチェルノブイリにいるかのような気分
になります。
ある時私がプレーしていたら父にそれは一体何なんだって言われたんです。
チェルノブイリを舞台にしたゲームよと答えました。主人公は放射能に汚染されたチェルノブイリ
事故の跡地で過酷な仕事を請け負っている。 そういう人達の事を、このゲームの中ではストーカー
と呼ぶんだって言ったら、それなら私もストーカーだと父が言いました。
原発の汚染を除去する作業に参加したんだから間違いなく自分もストーカーだって・・・
それまであまり知らなかった父の一面をゲームを通じて知ったんです。


チェルノブイリのガイド エフゲーニー・ゴンチャレンコ:
私は3Dのグラフィックデザイナーで10年間ゲームのデザインをしていました。
生活のためでしたが、もう辞めました。
今はチェルノブイリの立ち入り禁止区域、いわゆるゾーンの中でツアー客のガイドをしています。
事故からもう25年経ちましたが、殆どの人達にとって、すでに過去のものです。
1986年の4月に起きた原子力発電所の事故。 その一言で大抵片付けられてしまいます。
でも中にはチェルノブイリに興味を持って、あの事故のことをもっと知りたいとやってくるんです。


事故のあと原発から30km圏内は立入禁止区域になった。
しかし今では、毎年三千人を超える人が見学に訪れている。
ゾーンの中で働く人達が暮らすチェルノブイリ集を通過、そして原発で働いていた人々の街がいた
プリピャチを訪れる。 ひとけのない不気味に静まり返った街が事故の重大さを物語る。
年月の経過、放射能の強さ、悲劇の大きさが伝わってくる。

チェルノブイリ原発 安全技術担当 アレクサンドル・ノビコフ:
プリピャチには4万7千人が暮らしていましたが、ある日突然ここには、
もう住めなくなったと告げられたのです。 最初は3日間だけの避難だと伝えられました。
僅かなお金とIDカードを持って避難しました。人々は街を後にしました。

しかし真実を告げられていたら、どうだったでしょう。
家から離れてください、もうニ度と戻ってくることは出来ません。
持って行ったのはお気に入りの本でしょうか、写真でしょうか。
好きなレコード、冬なら子供用の衣類かも知れません。 
たくさんの好きな物の中から選ばなくてはいけません。 持っていける物は限られています。
でもどんなに念入りに選んだとしても、きっと何か大切なものを忘れてしまいます。
そしてそのことを生涯悔いることになるのです。

文字色変更「放射線量は場所によって変わる放射性物質は風で飛散するからね
もっと強い場所があるんだ
測ってみて 下の方を 数字を見てご覧

アレクサンドル・ノビコフ:ゲームの中の医療研究所にノービックという人物がいます。
そのモデルは私です。ゲームの中の私はストーカーの武器の改造に携わっていますが、
実際は原子力安全委員会で自責チーフエンジニアにの役職についています。
チェルノブイリの現実はコンピューターゲームより遥に過酷です。
セーフティーネットはありません。
途中で嫌になってもゲームのようにセーブをして立ち去ることは出来ないのです。
ゾーンの中では間違った場所に足を踏み入れると何年かして重い病気を発症することもあります。
矛盾する考えかもしれませんが、外の人を連れてこなければならないと思っています。
たしかに危険はあります、しかし、それより深刻なのは事故が風化してしまうことなのです。

歴史家ナタリア・パラノフスカヤ:人は生きている限り心に記憶を留めています。チェルノブイリの
大惨事をきっかけにウクライナの人々はソビエト政府に対する反感を更に強めていきました。
騙されていた事に気付いたのです。
市民は政府に侮辱されたと感じました。ソビエト連邦から独立したいと思いは日一日と強くなって
いきました。そしてついには抑えきれな位ほどになったのです。

チェルノブイリの事故はウクライナをソビエト連邦からの独立に駆り立てた大きな要因になったと
考えられています。
その後、国内の経済問題が深刻にくなったため、チェルノブイリのことは2の次になり次第に関心も
薄れて行きました。 そして徐々にウクライナの政治の焦点から外れていったのです。
最近では大統領選選挙や地方選挙でチェルノブイリの問題が取り上げられることは殆どありませ
ん。市民の関心の低さが、そこに現れています。

ジャーナリスト アレクサドラ・オメリヤニェツ:一年に1度4月のその日には、。皆があの事故に思い
を馳せ話しをします。 でもその日以外はこれっぽっちも考えません。
若い人は事故について殆ど聞かされていないので、自分で情報を集めた人でなければ、
当時のことをよく知りません。でも私は違います。祖父から色々話を聞いています。
ジャーナリストとしても興味があるテーマなんです。

医学博士 ニコライ・オメリヤニェツ:私は医者です。専門は衛生と病気の予防です。
1986年の5月事故が起きた翌月にウクライナの保健省から専門家として調査の依頼を受けました。
それ以来チェルノブイリ原発の事故が健康にどのような影響がを与えてきたか調査を続けてきまし
た。

事故の5年後以降これまでにウクライナの人口は700万人も減少しています。
12の州73の行政府、293の住宅地が今もなお、放射線量に汚染されていると考えられています。
そして事故によって健康に被害を受けた人は225万人にのぼると推定されています。
治療を受ける人達だけで、それだけいるのです。
所が、事故から20年も経たないうちに国連と国際原子力機関、そして世界保険機関は事故の後遺
症については調査を縮小する、更には中止すると決定しました。
なぜそんなことになったのか分かりません。

ここは遺伝性疾患の患者の病棟です。子供達の健康状態に非常に深刻な影響が出ています。
現在健康に問題のない子供はわずか5~10%多くの子供達が、慢性的な疾患を抱えています。
中には5つもの病気を併発している子もいます。
事故処理に当たった人の子供は先天性異常の発生する率が大変高いのです。


祖父はウクライナ人の寿命は短くなっていると言います。
以前は平均寿命が75差くらいだったのに、今ではもっと下がって来ているんだそうです。
5年か10年後には平均寿命は55歳くらいになってしまうだろうと祖父は見ています。
人生が20年も短くなってしまうなんて恐ろしいことです。

ウクライナはヨーロッパの中でも貧しい国です。チェルノブイリというブラックホールが果てしなく
お金を飲み込んでしまうからです。そして樹みんの健康まで一緒に奪い去ってしまいます。
事故を起こした4号ロの処理はまだ完全に終わったわけではない。
ウクライナはチェルノブイリにすっかり疲れはてている。

ウラト・ルサコフ:チェルノブイリの石館を実際に見て感じることうまく説明で聞きないな。
ハリウッドスターを見るような感じ、そんなとこかな。写真でしか見たことないものが、すぐそこに
ある。

ユリヤ・アユボア:事故の時父がどんなふうに消火活動をしたのか想像してしまいます。
夜になった時、火災はどんなふうに見えたんだろうと。
その時父は何を考えたんだろうと その時まだ危険なものだとまだ誰も知らなかったはずです。
4号炉は威圧的です圧倒されます。
でも、このチェルノブイリの姿を見られるのは、あと少し。 
私は最後の目撃者の一人になるんでしょう。

チェルノブイリ原発安全技術担当アレクサンドル・ノビコフ:何もかも始まったばかりなんです。
何故かというとあの事故がもたらした問題はどれも前例がないものだからです。
つまり参考になるものが何もありません。

石の棺は私達に戦いを挑んでいます。ウクライナだけでなく全世界を守るためにできる限りのことを
するつもりです。

欧州復興開発銀行(原子力安全問題担当)パルタザル・リンダウエル)大変危険な場所です。
一番の問題はあの構造物、つまり石棺の中がどうなっているのかハッキリ分かっていないこと
です。しかも中にはまだ大量の放射性物資が残っているので、あまり長い時間をかけて調査する
事ができないのです。

事故の翌月からコンクリートで原子炉を覆う石棺の建設が始まった。
放射線の遮断と残っている核燃料に雨がかからないようにするのが、その目的だった。
石館は30年は耐えられるように設計されていたが、実際はもろく完成当初から絶えず補強しなけれ
ばならなかった。

事故の当初から世界中の政治家や専門家が、この国を助けるための解決策を探りました。
しかし技術的にどんな手を打つべきか、同意を得るために時間がかかったのです。
G8、EU、ウクライナの間で問題解決に向けて何度となく話し合われました。
1997年国際社会はチェルノブイリを安全な環境にすることで合意。フランスは新しい安全な石館で
4号炉を覆う事を提案した。

チェルノブイリ原発安全技術担当アレクサンドル・ノビコフ:新しい石の棺は長さ150m幅250m高さ
100m以上の巨大な物になる予定です。 建設には2万トンを超える鋼鉄が使われます。
4号炉を解体するさい、新しい石館はシェルターの役目を果たすことになります。
しかし、安全に解体作業を行う技術がまだありません。
それは、つまり4号炉を解体するというのは、あの壊れた原子炉をバラバラにして撤去するということ
だからです。

そこには放射能に汚染された金属やコンクリートの瓦礫が山のように積重なっています。
残念ながらそこで撤去作業をしてくれるロボットがまだ開発されていません。
だからといって私達の子供にスコップやバケツを持たせてロボットの代わりにそんな仕事をやらせる
わけには行きません。 あの時私はしました2度とあってはならないことです。

新しい石館は史上最大級の建造物となり、その建造、維持は何十年に及ぶ。
しかし、建設の大前提である原子炉内である核燃料の存在については、未だに意見が分かれてい
る。

欧州復興開発銀行(原子力安全問題担当)パルタザル・リンダウエル):原子炉はメルトダウンを
起こし核燃料と瓦礫を溶かし核燃料が混じり合った溶岩状のものが建物の下に流れ出しました。
しかし調査出来ないエリアがたくさんあって、およそ200トンの核燃料のうちどれ位が残っているの
か正確な判断が下せないのです。
ただ80~90%は溶岩のような形で残っているのではないかと推測されています。
核燃料の残量については大きく意見が分かれています。
最初に現地へ行って調査をしたのはモスクワの来るプルチャドフ研究所でした。

確か1986年の春か夏です。危険度を見極めるためにまず、原子炉内のどのに、どれだけの核燃料
が残っているか、それを正確に把握する必要がありました。
一番恐れていたのは燃料が何処かに残っていて核反応が続いている状態でした。
核反応が続いていれば当然ものすごく熱エネルギーが発生します。
いわゆるチャイナシンドローム、メルトダウンが止められなくなってしまう可能性もあり得るからで
す。

元ウクライナ国会議員ウラジミール・ウサテンコ:当初ソビエト政府が国際原子力機関IAEAに
提出するために作った報告書には6~96%の核燃料が漏れたと推定すると書いてありました。
その時点ではそこまでしらべるのが精一杯だったのです。しかしソビエトの科学者に批判が集まる
のを懸念して、この報告書は提出されませんでした。

その後ソビエトは漏れた核燃料は全体の5%だったという都合の良い報告をIAEAに送りました。
しかし私が見た原子炉の映像には核燃料が残っていない事がハッキリ映しだされていました。
1991年にウクライナが独立するとこの事実をは伏せておかなければならないと考える人が
一層増えました。
核燃料が全て流失してしまったと言えば援助金が受け取れなくなるからです。
核燃料が今も底にありそれが、脅威を与えているからこそ国際社会が新しい石館を建設するために
財政援助をしてくれるのです。
こうして新しい石館の建設計画は現実のものなりました。ウクライナの人々は安心して眠る事が
出来るようになったわけです。

新しい石館は本当に必要なのか、その判断を下すには今も残っている核燃料を確認しなければ
ならない。しかし外部から化学的な方法で信頼性の高いデータを得ることは不可能だ。
事実を確かめるのは25年間眠り続けているこのモンスターの中へ入ってくしかない。

1988年の5月から私は隣の3号炉で働き始めました。
仕事の最初のシフトに付いた時から石館の中を見てみたいという気持ちは抑えきられませんでした。 すぐそこにあるんだから見に行ってみよう。
単なる好奇心で起こした行動でした。禁じられているからこそ見に行きたいという誰もが持っている
好奇心です。スパイにでもなったような気分でした。もちろん上司からは禁じられていましたが、

数値は?
44レントゲン

特殊な装置がなけれな放射線は目には見えません。
ガイガーカウンターを使えば音で探知することは出来ます。
放射線の強い場所に行くと空気中のオゾンの濃度が非常に高くなっていくので臭いで感じることも
あります。デジタルカメラで撮影すると小さな点が現れます。

元石館安全監督主任ワレンチン・クプヌィ:息子のように石館のなかを撮った人はそう多くはいませ
ん。
私自身も実は何度も中を見ています。核燃料のそばも幾度か通りました確か1996年だったと思い
ますが、石棺の中で自然の中で核分裂の連鎖反応が起こり中性子が放出された事があります。
石館の中ではそのような異常事態がしばしば発生していました。
そういった事にどのように対処すべきか現場を見に行く必要があったのです。

放射線測定士キリル・クプヌィ:私の家族は3代に渡ってチェルノブイリの石館で働いています。
祖父は石館の監督就任を務めました。私は父と同じ放射線測定士の仕事につきました。
石館と同じ1986年生まれです。今ここで生働いているのは4千人くらいだったと思います。
ほとんどの従業員はセラベィチ地区から通っています。
チェルノブイリまでは直線距離で50km ベラルーシを通って通っています。

最初のうちは野生動物がいたり廃墟の村があって面白いと感じましたが、人間というのはすぐに
慣れてしまうものです。

ここで働いているのは正直、他にいい仕事が見つからなかったからです。
自分の子供にここで働いて欲しいかどうかは、なんとも言えません。
父は石館が変化していく様を見つめ写真を沢山撮って来ました。
父を誇りに思っています。


石館に対する私の感情は恐怖や嫌悪感から一定の時を経て愛情に変わりました。
石館は人間の過ちから生まれた生きもののように私には思えます。
25年間支配され抑えこまれてきた怪物 今はうとうと眠っている状態ですが、だからといって危険が
ないわけではありません、石館は変わり続けています。 
その様子を観察するは興味深いものです。

石棺内部の放射線量は今も注意深く測定されている。
石館の管理者がもっとも気にしているのかは核燃料がどのくらい残っているのかではない、
どの状態にあるかだ。 燃料の量はそれほど需要ではありません。 問題はその状態です。
核燃料を含んだ溶岩上の塊は年月と共に脆くなってきていること分かってきています。
セラミックの一枚岩のものが崩れ初めてきているのです。
ボロボロと崩れ粉塵や灰になると広範囲にばら撒かれます。
そうなれば更に土壌が汚染されるでしょう。

アルファー線を出す放射線物質が広がるので非常に危険です。
放射線測定士ならアルファー線の危険性は皆知っています。
20年後30年後まで危険と向き合わなければならないのです。
巨大な石館はここで働いている人達のリスクを最小限に留めるのに大いに役立つと考えています。
解決策を探し出すための時間稼ぎが出来るということです。
恐らくは長い時間がかかるでしょう。今ある石館をどう解体すか、放射性物質をどのように取り出し、
封じ込め、安全な保管場所まで輸送するか、こういった難問を解決する手段は現在のところ存在し
ません。

新しい石館の耐用年数を100年と想定しています。
これだけの機関があればゆっくりと事態を解決するのは可能だろうと私たちは考えています。
問題をこれ以上複雑にしたくありません。

計画から数年送れで21世紀最大の建設工事が始まった。 
しかしことの緊急性とは裏腹に遅々として進まない。
建設を進めるためには、まず他の3つの原子炉で使われていた核燃料を取り出さなくてはなりませ
ん。 燃料はいつ連鎖反応が起こってもおかしくないので、それが私達にとって脅威になっているの
です。

石館似隣接する1から3号炉まで現在も数百トンのウラン燃料が入ったままになっている、
この3つの原子炉が2000年まで稼働していたことは殆ど知られていない。
深刻なエネルギー不足に直面していたソビエト政府は事故の数日着には3号炉に責任者に運転を
再開するよう命じた。
そして再び稼動し始めた。しかし90年になって欧米諸国がチェルノブイリの危険性を指摘、
2000年に3つの原子炉は停止された。それ以来核燃料は原子炉の中に残されたままになっている
のだ。

アレはなに?

あの建物は使用済み核燃料の保管庫だ
原子炉の中から燃料を移して保管する目的で建設された。
しかし設計の段階でいくつものミスがあって結局あの保管庫は使い物にならなくなった。
何とかならないかと未だに手を尽くしているが・・・

欧州復興開発銀行(原子力安全問題担当)バルダザル・リンダウエル:進行の時期が大きくずれ
込むことは、もう確実になってしまいました。
色々な問題があってスケジュール通りに工事が進みません。
完成は2014年の初めになる予定です。

キエフで建設されているスタジアムサッカー大会2012のためのものだ
85億ユーロを集めるのに成功し、急ピッチで工事が進んでいる。
一方チェルノブイリの石館建設には思うように資金が集まらない。
金を出す国に何の見返りもないからだ。

建設には当面10億ユーロが必要です。現在までで総額8億5千万ユーロの建設資金が集まってい
ます。 世界30カ国が新しい石館の建設に協力してくれています、難しい問題を抱えている、
この若い国家に他の国々は手をさしのべるべきだと思います。

キリル・マカロフ:今ウクライナに人を送っているのはフランス、ドイツ、アメリカです。
建設工事が完成しその国々が引き上げたらウクライナはどうなってしまうんでしょうか。

新しい石館は完成した後も、その維持管理にかなりのコストが掛かると思います。
しかし設計者も出資者もまだ金額について明言していません。
噂では年間7千万から8千万ユーロと言われています。
石棺を今後100年間維持するとなれば、その莫大なコストをウクライナだけで負担する事は
不可能です。

15年ごとのメンテナンスには凡そ10億ユーロを必要すると見ている。
建設費にも匹敵するその額は国家予算に組み込まれていない。

歴史家ナタリア・パラノフスカヤ:ウクライナを支援するために新しい石館を建設するという解釈は
もちろん可能です。 でも、ちょっと別の見方をすれば原子力エネルギーを推進しようとする
企業グループがチェルノブイリという汚点を覆い隠そうとして新しい石館の建設に協力しているとも
考えられます。 原子力エネルギーに不安を抱いている人達に石棺の建設で安心感を与える。
そうすればIAEAにお墨付きをもらった原子炉を世界各地に設置することが可能になるからです。

そうした愚問が上がるのも当然かもしれない。
新しい石館の建設を請け負ってるのはフランスの原子力発電所を数多く建設してきた大手建設会社
の共同体だ。
使用済み核燃料保管庫を作ったのも原子力分野で事業を展開しているフランスの企業。
フランスにとってこのプロジェクトにどんな意図があるのだろうか。
立ち入り禁止区域ゾーンのには石棺の建設以外にもまだ、問題はたくさん残っている。

ウクライナ環境センター:現在ウクライナには200トン近い放射性廃棄物があり、その凡そ半分が
チェルノブイリにあります。 しかもそのほとんどを屋外に保管しているので3000万のウクライナ人
が飲んでいるドニエフル川が汚染されているという人もいます。

放射性廃棄物がドニエフル川に流れ込めば飲料水にも混入します。
いつ現実になってもおかしくありません。そうなればウクライナ全域に人が住めなくなってしまいま
す。 ウクライナの人々にとって更に見過ごせない問題が明らかになった。

ウクライナ環境センター:フメルニツキ原子力発電所に新しい原子炉が出来ることになりました。
3基目4基目の原子炉です。 建設は元々1985年に始まってました、所がチェルノブイリで大きな
事故が起きたので工事は中断し工事は凍結されていたのです。

それ以来ずっと放置されたままになっていました。
25年間風雨に晒されていたのて建物の安全性は著しく低下しています。
ウクライナは2030年までに22基の新しい原子炉を建設する計画を立てている。

ウクライナが何故今新しい原子炉を建設しているのか疑問に思う人がいるかも知れません。
実はこの計画の裏には電力をヨーロッパに輸出したいと意図があるのです。
ウクライナの送電網とヨーロッパの送電網を繋げようという大掛かりな計画が立てられています。
これが実現すればウクライナは原子力エネルギーから手を引こうとしているヨーロッパの国々に
電力を輸出することが出来るのです。

歴史家ナタリア・パラノフスカヤ:人気ばかりを気にして大衆におもねるという政治は、もうそろそろ
止めて欲しいと思います。 どんなに難しい問題でも力を尽くして解決に導こうとする強い意思を
持った指導者を国民は求めています。残念ですが、そこがわかっていません。
政治家はもっと腰を落ち着けて政治に取り組んで欲しいです。
しょっちゅう大臣が代わり行政組織も変わってしまうようでは、何一つ決められません。
国際社会はチェルノブイリ原発を環境的に安全なシェルターに押し込んでしまえという。
うまくいくかどうかは時間が立たなければ分からない時が立てば誰が特をしたのかも自ずから
分かって来るだろう。 結末が私達の振る舞いにかかっている事は確かだ。

最後にゲームの主人公は石館の奥に到達する。
そして底にあるモノリスの前に願望を口にすると、それが叶えられるんだ。
他人を思いやる気持ちが口から出れば不気味なゾーンは消え主人公のシュトレロックは緑の草原
で目を覚ます。

ゲームの終わりに主人公が目覚める草原は一面に緑の草が生え蝶がヒラヒラと舞っています。
しかし残念ながら現実には永久にそう結末は、訪れないでしょう。
一見した所立ち入り禁止区域ゾーンは美しく見えます。普通の森にはいない動物もたくさんいます。
でもよく調べてみると草も木も、そして土もプルトニウムに汚染されています。
とても残念なことですが、この土地でずっと暮らしていきたいと思っても到底不可能と分かるでしょ
う。

チェルノブイリの現実から目を逸らし悲惨な事故の教訓を忘れてしまえば、人は同じ過ちを繰り返し
てしまうかも知れない。 忘却は人のさが、しかし原始の命は果てしなく長い。


以上


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